2024.06.05

【黒銀の別注プーマ「クライド」】愛されるべき復刻の条件とは?|教えて! 東京スニーカー氏

プーマ

オリジナルのルックスを踏襲しながらも、素材感やシルエットの妙でアップデート。皮革産業で有名な姫路製の最上級のレザーは、足馴染みのよいシボ革をベースに光沢を出しているので、いい意味で艶っぽさを感じさせない。こういうのもまたクワイエットラグジュアリーの一つの表現と言えます。スニーカー¥26,400/プーマ(BILLY’S ENT)

愛されるべき復刻の条件とは?

「復刻」について深夜に一人で考えてみました。オリジナルに価値のあるものを再販売するって、レコードなら聴ければまあいいとしても、スニーカーはどう復刻したら満足できるのか。ファッションに軸足を置けば履くことで価値を感じられるけど、所有欲という意味では、オリジナルの満足度にはきっとかなわないですよね。

 世の中にあふれている多くの復刻スニーカーをいくつかの属性に区分するなら(1)「単純な再発」がほとんどだと思います。そして稀に(2)「再現の忠実度をとことん極めたもの」もあって、こういうのはヴィンテージマニアの間でニュースになりやすい。また、生産国にこだわったり色や素材をアップデートした(3)「オリジナル以上のクオリティをつくり出したもの」もあります。これはコラボレーションなどをきっかけとしたものが多く、昨今は割と主流のマーケティングでもある。僕は「1」なら、復刻に至るストーリーという深入りできる理由を探してしまうし、そういう付加価値を肉づけする原稿を依頼されることが多い。「2」は過去と現代という時空が違う事実ゆえ、その企業努力に感動しても、まったく同じものは生まれないと思う。テセウスの船みたいなもの。同一性の議論になります。再現と模倣は違うし、複製(コピー)とも似て非なるもの。ただその距離感が近ければ「履いてみたい」と思えます。「3」は過去を振り返るより未来に目を向けた別次元のプロダクトです。今のホットなブランドが結びつくことで新しい価値がつくれます。ただしメンバーが入れ替わった音楽グループや、声優が変わったアニメを同じように楽しめるか、という話にもなる。この「2」と「3」のどっちも含んでいるのが理想。「変わらずにあり続けるためには変わり続けなければいけない」のパラドックスのポイントを知っているスニーカーは、なかなかないのです。

 PUMAといえばスウェードもしくはクライドがアイコンですが、スニーカー好きにとって“黒銀”への信仰心は半端ありません。僕もその一人で復刻されるとつい買ってしまう。先日は’80年代のユーゴスラビア製のヴィンテージのスウェードを購入しました。そして先日、BILLY’S ENT別注のクライドを知り、これは「2」と「3」が融合した、素晴らしい例だと感じました。姫路レザーの雰囲気、日本製のこだわり。そしてみんなが黒銀が好きな理由をきちんとわかっていて、再現の先にあるフェーズで提案している復刻のような気がしています。この世に100%の復刻はないという持論に従えば、テセウスの船は、その船の歴史や本質を知り、“それ以上”であることが大切です。そういうプロダクトが増えることが、スニーカーカルチャーを未来に残すのではないでしょうか。BILLY’S ENTの黒銀のクライドはそういったアカデミックな視点から見てもユニークで、スニーカー好きだけでなくファッション好きの的も射た、愛すべき復刻だと思いました。

小澤匡行プロフィール画像
小澤匡行
「足元ばかり見ていては欲しい靴は見えてこない」が信条。近著に『1995年のエア マックス』(中央公論新書)。スニーカーサイズは28.5㎝。

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