1847年にパリで創業した「カルティエ」は、世界中の王族やセレブリティに愛されている名門ジュエラー。フランスで高い評価を得た同社はさらなる発展を目指し、1900年代初頭にロンドンとニューヨークに支店を立ちあげた。当時のラグジュアリービジネスは、上顧客によるオーダーメイドが主流であったため、富裕層が多いエリアに支店を構え、現地の空気感に合わせたデザインを取り入れることが、とても大切だったのだ。


このたび発売となった「ペブル シェイプ」ウォッチは、カルティエ ロンドンで1972年に製作された時計を復刻させたもの。当時のロンドンは「スウィンギンロンドン」の呼称のとおり、ファッションや音楽、アートなど、新しいカルチャーの発信地であった。そんな時代の空気を内包したカルトウォッチの魅力を深堀すべく、貴重な「ペブル シェイプ」ウオッチ新作を携えて、吉祥寺にあるアンティークウォッチの名店「江口時計店」に向かった。

知られざる「カルティエ ロンドン」とは?

「個人的にもカルティエの時計が好きですし、買い付けも含めて多くのカルティエのアンティークウォッチに触れてきました。しかしカルティエ ロンドンに関する情報はかなり少なくて、知らないことが多かったんです。しかし今回、この『ペブル シェイプ』ウォッチを見て、カルティエ ロンドンの創造性の高さを実感できました」と、江口時計店の江口大介氏は語る。

江口時計店/江口洋品店の店主である江口大介氏。


「カルティエのアンティークウォッチを仕入れる際は、それがどのカルティエの支店で作られたものかも気にします。ダイヤルにLONDON表記が入っているものを好むお客様もいますし、カルティエ ロンドンが製作した時計のムーブメントには“EWC”という刻印が入るので、そういうモデルを意識して探すこともあります。しかしカルティエ ロンドンが製作した『クラッシュ』などの特別な時計たちは、どれもがごく少数しか製作されなかったこともあって、アンティークウォッチ市場に流れることはほぼありません。ましてやこの『ペブル シェイプ』ウォッチは、6本程度しか製作されなかったそうで、その存在さえも知りませんでした」




 当時のカルティエ ロンドンの責任者は、ジャン=ジャック・カルティエ。彼はビートルズやモッズ、ミニスカートなどの新しいカルチャーが盛り上がるロンドンの勢いを、時計のデザインに取り入れ、「クラッシュ」「マキシ オーバル」「ダブルストラップ」「ロサンジュ(アシメトリック)」といったデザイン史に残る傑作を発表。そして、カルティエ ロンドンの最後のモデルが、1972年に誕生した「ペブル」だった。


「支店はニューヨークにもありましたが、アンティーク市場ではニューヨークのものはそれほど注目されていません。その点カルティエ ロンドンは、本流であるパリの系譜を汲みながら、美しい時計を作ってきた。時計におけるカルティエの創造性を継承してきたのは、実はカルティエ ロンドンだったのかもしれませんね。僕自身も復刻モデルではありますが『ロサンジュ(アシメトリック)』を所有したことはあります。これもカルティエ ロンドンのルーツがある美しい時計ですが、まだまだ知られざるモデルもありそうですよね」



カルトウォッチ「ペブル シェイプ」ウォッチに迫る

 「ペブル シェイプ」ウォッチの誕生は1972年。ラウンドケースにスクエア型のダイヤルを組み合わせた大胆なデザインは、ケースの形状から、小石を意味する「ペブル」と命名されたが、その形状から“ベースボールウォッチ”と呼ぶ人もいたようだ。グラフィカルなローマン数字インデックスの使い方やレイルウェイ模様のミニッツトラックなどはカルティエの伝統的なスタイルであり、正統派を継承しつつも創造性を遊んだモデルといえるだろう。




「この創造性と表現力には驚かされます。そもそも僕がカルティエの時計が好きになったきっかけは『タンク』ですが、動植物など自然からインスピレーションを受けたデコラティブなジュエリーも作ってきたという歴史もある。僕は『タンク』が最高傑作であり、心のどこかで“シンプルなデザインこそがカルティエの良さ”だと考えていたところもありました。でも1960年代から70年代にかけてカルティエ ロンドンが作った新しい概念の時計には魅了されますよね。歴史が長い国には、古いものを受け継ぎながら使っていく文化があるけど、ロンドンは歴史的な建造物の横にモダンなビルを建てるなど、新しいものと古いものが常に混在する。その面白さが、時計にも表れているのではないでしょうか」



この「ペブル」取材の当日、江口氏が着けていたのは「タンク レベルソ」。ジャガー・ルクルト製作により、あのレベルソ同様、ケースが反転するギミックが。


カルティエはオーセンティックなメゾンだと思われがちだが、角形の「サントス」や長方形の「タンク」、防水用のリューズカバーが付いた「パシャ」など、アバンギャルドなデザインを次々と生み出してきた。そして近年は光発電機構のソーラービート™を搭載した「タンク マスト」も誕生している。次々と新しい時計を作り、次なるスタンダードにしていく。それがカルティエの凄さでもある。


「僕はクラシックな『タンク』が好きなので、近年のカルティエがデザインのバリエーションを増やしていくことを、あまり好ましく思っていませんでした。しかしカルティエ ロンドンの存在を知った今は、新しいことに挑戦することがカルティエの伝統であり文化であることが理解できました」


江口氏私物の「タンク レベルソ」のケース裏側には、元のオーナーが刻印した“Christin et Philippe”の文字が。


そんな伝説の時計「ペブル」の誕生から50周年を記念し、2022年11月に発売されたのが、復刻モデルとなる「ペブル シェイプ」ウォッチ。イエローゴールド製のケースを使用し、150本のみ製作されるというレアピースだ。


「『ペブル シェイプ』ウォッチの“ペブル”とは、小石という意味ですよね。確かにケースだけでなく風防ガラスまで球面になっており、角が取れて丸くなった小石のような自然な柔らかさがあります。カルティエのラウンドウォッチには風船をイメージソースにした『バロン ブルー』がありますが、それとも違った柔らかさがあり、デザイン表現の豊かさに驚かされます」

現代的に進化した「ペブル シェイプ」ウォッチ

「オリジナルモデルのケース径が35.4㎜で、ケース厚は5.33㎜。復刻した『ペブル シェイプ』ウォッチはケース径が36㎜で、ケース厚が6.3㎜。サイズがほぼ一緒なのもいい。しかも自社ムーブメントを搭載しているのも、時計好きからすると嬉しい特徴です。アンティークウォッチでもムーブメント会社の違いが価値に繋がりますし、時計ブランドを名乗る以上は自分たちで開発したムーブメントを使って欲しい。それにカルティエの魅力は、デザインだけでなく機械的なところにもあることも知ってもらいたい」



 名門ジュエラーであるカルティエだが、時計でも名門であり、1904年に発表した「サントス」は、世界初の紳士用実用ウォッチとして有名だ。近年はさらに時計製造技術を高めており、2001年にスイスに巨大な時計工房を作り、2009年からは自社製ムーブメントを搭載するようになった。「ペブル シェイプ」ウォッチに搭載するのは、自社製手巻き式ムーブメントのキャリバー430 MC。厚みが2.15㎜しかないため、オリジナルとほぼ同じシェイプを作り出すことができた。




「『ペブル シェイプ』ウォッチは高価な時計ですが、これだけの歴史と美しさ、そして技術が詰まった時計と考えたら納得できます。残念ながら、限定本数の150本は既に完売してしまったそうですが、それは当然でしょう。私はずっとカルティエが好きですが、今日『ペブル シェイプ』ウォッチを見せてもらい、今まで知らなかったデザインの歴史やカルティエ パリとカルティエ ロンドンの関係性、常にアバンギャルドであり続けた哲学も知ることができました。商売は抜きにしても、いいデザインのものを身につけ、豊かな気持ちになるっていうことは大切だと思いますが、カルティエの伝統が詰まった美しい時計は、まさにそういうためにあるのです」


カルティエの美しい時計は、時代を超えるタイムレスな魅力がある。復刻した「ペブル シェイプ」ウォッチは、その事実を改めて示したのである。



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©Cartier


カルティエ
ペブル シェイプ ウォッチ
手巻き(Cal.430 MC)、18KYGケース、ケース径36㎜、厚み6.3㎜、非防水
世界限定150本。参考価格¥6,402,000。完売


Photo: Kenta Sawada
Text: Tetsuo Shinoda