そもそもスーパーフォーミュラとは、日本国内で開催されるカーレースのひとつです。普段、街中で走っているクルマとは違い、溝のないタイヤがむき出しになっていて、屋根がなく、前後に大きな羽のようなものがついたレーシングカー「フォーミュラカー」で競われるレースです。

最近ではピエール・ガスリーや、ストフェル・バンドーンなど、このレースで活躍して世界最高峰の自動車レース『F1』にステップアップした選手もおり、世界中から注目が集まっています。またF1ではチームごとにオリジナル製作のマシンを用意するため、マシンの性能差が大きく出ますが、スーパーフォーミュラでは全員が同じマシン、同じ銘柄のタイヤを使用しなければなりません。エンジンメーカーはトヨタとホンダの2社から選べますが、最終的にはドライバーの実力とチームの総合力で勝敗がつくレース。常に1000分の1秒単位で勝敗が決まる僅差の戦いが繰り広げられており、多くのドライバーからも「やりがいがある」と評判なのです。

片岡龍也監督

今年、UOMOはTeamLeMansとコラボレーションし、マシンにも大きなロゴを掲出することになりました。このチームは長年国内のトップレースで活躍し、前身のフォーミュラ・ニッポン時代には2度のチームチャンピオンを獲得した経験を持つ名門です。今年も、現役レーシングドライバーである片岡龍也氏(2017年スーパーGT300クラスチャンピオン)がチーム監督を務め、ドライバーはピエトロ・フィッティパルディ選手と大嶋和也選手の2台体制で臨みます。

ピエトロ・フィッティパルディ選手

このうち、ピンクのカラーリングに彩られた7号車をドライブするフィッティパルディ選手の祖父は、1970年代に2度のF1チャンピオンに輝いた伝説のレーサー、エマーソン・フィッティパルディ氏。実は彼もインディカーというレースに参戦していた時に、ピンク色のマシンに乗っていたそうで「祖父にマシンのデザイン画を送ったら、喜んでくれていたよ。このカラーリングは僕も気に入っているんだ」と笑顔で語ってくれました。



鈴鹿サーキットで4月22日に行われた開幕戦。フィッティパルディ選手は途中、タイヤのパンクなど不運なトラブルがあったことにより、思うように順位を上げられず16位完走。大嶋選手はレース前半に前のマシンを追い抜くシーンもみせ、一時は8番手に上がりましたが、後半になって伸び悩み15位。入賞には手が届きませんでした。

大嶋和也選手

「レース前半に使ったタイヤでのペースが良かったのですが、タイヤ交換してから苦しくなってしまいました。今週末は全体的にペースが今ひとつだったので、これから改善が必要です」と大嶋選手。それでも、次戦に向けて改善していけるきっかけは掴んでいた様子でした。

注目の第2戦は5月12日・13日に大分県のオートポリスで開催されます。オートポリスは、昨年チームが2台揃って表彰台に上がったコース。それだけに上位進出の期待大です。

※この大会期間中に、TeamLeMansでレース戦略やマシンセッティングを決める重要な役割を担っていた山田健二エンジニアが急逝されました。チームはその悲報の中、レースに出走することを決断。彼が望んでいると信じて最後まで戦い抜き、2台とも完走を果たしました。山田エンジニアに、心から哀悼の意を表します。


全日本スーパーフォーミュラ選手権公式サイト

Photos:Shigenobu Yoshida
Text:Tomohiro Yoshita